Interview

特別対談:金融・政策・事業支援の最前線から見る、日本のスタートアップ・エコシステムの現状と課題(第1回/全4回)|ヒューリック大櫃氏 × INTLOOP林

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イントロダクション

今回の対談には、長年にわたりスタートアップ支援の最前線で活躍されてきたヒューリック株式会社 専務執行役員の大櫃直人氏と、多様な人材ネットワークを強みに急成長を遂げるINTLOOP株式会社 代表取締役・林博文が登場。金融機関・政策の現場を知る視点と、経営の現場を牽引する立場から、日本のスタートアップを取り巻く課題と可能性を語り合いました。

テーマは、急成長企業が直面する「成長の壁」、IPOやM&Aをめぐる現実的な選択、そして上場後も企業を支え続ける仕組みづくり――。互いの経験と知見を交えながら、日本のスタートアップ・エコシステムの再設計に向けた具体的な視点を探ります。

第1回の本記事では、大櫃氏のご経歴や林との出会い、スタートアップのエコシステムの現状と課題などを取り上げています。ぜひ最後までお楽しみください。

 

―― まずは大櫃さまのご経歴として、これまでのスタートアップ支援の実績をお聞かせください。

大櫃氏(以下、大櫃):

前職のみずほ銀行時代には、渋谷中央支店長を経て、本部に「イノベーション起業支援部」という部署を立ち上げました。10年間ほどその部門で活動し、その間に4,000〜5,000社ほどのスタートアップの方々とお会いしてきたと思います。

銀行の中で、そして日本のメガバンクとして初めて、スタートアップ向け融資の仕組みを整え、さらにVC(ベンチャーキャピタル)との連携も推進しました。LP出資という形で、多くのVCにかなりの資金を流すことができたのも特徴です。

こうした取り組みを通じて、出遅れていた日本のスタートアップ・エコシステムを少しずつ整えていくことを意識して取り組んできました。

その結果として、内閣府の「新しい資本主義5カ年計画」のスタートアップ分科会や、経産省のファイナンス委員会など、公的な場にもお声がけいただき、銀行の枠を超えてスタートアップ支援に携わらせていただくようになりました。

 

―― 2016年に立ち上げられた「イノベーション起業支援部」は、日本でも非常に珍しい取り組みだと思います。当時、みずほ銀行としてこの動きを進めようと決断された背景を教えてください。

大櫃:

渋谷中央支店長として着任したことが、私にとって非常に大きな幸運でした。ちょうどその時期、メルカリさんやマネーフォワードさん、ラクスルさん、Sansanさん、ビズリーチさんといった企業が続々と創業し、成長を遂げていたのです。

支店長としての3年間、彼らの成長の現場を間近で見て、「これは日本経済の停滞を打破し、新陳代謝を促す起爆剤になり得る」と強く感じました。その思いを頭取に直接伝え、「渋谷だけでなく、銀行全体で取り組むべきだ」と提案し、最終的に部の立ち上げが実現しました。

―― ありがとうございます。その流れの中で、林との出会いや関係構築の経緯についても教えていただけますか。

大櫃:

最初の頃は、未上場のスタートアップ支援に力を入れていました。ですが、支援を続ける中で、「上場まではVCや証券会社など、親身に相談に乗ってくれる存在がいたのに、上場した途端、そうしたサポートがなくなってしまう」という声をよく耳にするようになりました。

本来、上場はゴールではなくスタートラインです。その大事なタイミングで相談相手を失うのは、企業にとって大きな負担になる。そこで、銀行としても上場後の企業と継続的に伴走し、支援する仕組みを作るべきだと考えました。

その結果、10年にわたるスタートアップ支援のうち、後半の4年ほどは、むしろ上場後のグロース市場にいる企業を中心に支援するようになったんです。

INTLOOP様との接点も、まさにこの流れで生まれました。もともとお取引がほとんどなかったので、飛び込みに近い形で訪問し、「当行でこんなことができます」と提案させていただいたのが始まりです。

その際に特にお伝えしたのは、上場企業にとっての成長戦略、とりわけM&Aの重要性でした。オーガニックな成長だけでなく、M&Aを活用して成長を加速させる。その際、多くの企業はIPO前にはVCなどのエクイティ資金で成長してきましたが、上場後はデット、つまり銀行融資を活用する局面に入ります。

ただし、M&Aはスピードが命です。銀行の回答に1〜2か月かかってしまえば、案件そのものが流れてしまうこともあります。だからこそ私たちは、「すぐに答えること」を何よりも大切にし、即応できる体制を整えました。

その姿勢をINTLOOP様にもお伝えしたところ、ちょうどディクスの案件があり、お声がけをいただいて。そこが最初のお取引のきっかけになりました。

 

 

 

―― ありがとうございます。ここで林さんにもお伺いします。エグジットの手法としてM&AとIPOの二つがありますが、IPOを選ばれた理由について、改めてお聞かせいただけますか。

林:

当社としては、最初からM&Aという選択肢はありませんでした。私自身、もともと上場を目指していたわけでもなかったんです。ただ、会社を大きくしていく中で、ある時点からどうしても資金調達が難しくなってしまった。

もしかしたら、当時すでに大櫃さんと出会っていたら状況は違ったかもしれません。ですが当時は、フリーランスの方々への支払いを、お客様からの入金より先に行っていたため、キャッシュフローが非常に厳しくなっていました。10行ほどの銀行から少しずつ借入を行い、なんとか綱渡りで事業を回している状態でした。

そんな状況の中、あるメガバンクから「この規模で毎年30%ずつ成長しているのは、何か問題があるのではないか」とまで言われたこともあります。その結果、「融資はこれ以上増やせない」という対応をされてしまい、資金調達の手段がほとんどなくなった。

そうした経緯から、「上場しか道がない」という結論に至り、IPOを目指すことにしたんです。

私にとっては、M&AかIPOかというよりも、「中小企業として現状を続けるのか、それとも上場して次のステージを目指すのか」という二択しかなかった、というのが正直なところです。

―― 資金調達の手段として、やむを得ず上場を選ばれたということですね。この点について、大櫃さんの視点からはどのように見られますか?

大櫃:

当時のみずほ銀行としても、スタートアップや成長企業への融資体制を強化していたつもりではありました。ただ、全てのお客様にその仕組みが行き渡っていたかというと、そうではありません。

もしもっと早い段階でINTLOOP様と出会えていれば、資金面での課題を解決できた可能性もあったでしょう。

もっと広い視点で言えば、当時はみずほに限らず、多くの銀行で急成長企業への見方や体制が十分に整っていなかったのだと思います。成長スピードに対応する準備が、まだ業界全体として不十分だった時期でしたね。

林:

みずほ銀行さんとの取引を再開したきっかけですが、もともと当社が創業した際、最初に開設した口座はみずほ銀行でした。当初は単なる入出金用として利用しており、その後、会社の規模が拡大する中で、他の銀行口座も開設していきました。すると、他行は営業に来てくれる一方、みずほ銀行からの訪問は減り、結果として口座はほとんど動かない状態になっていました。

そんな中で、大櫃さんが当時、常務という立場で2~3回も訪問してくださったんです。通常、メガバンクの常務が私たちのような規模の企業を訪問することは珍しく、その熱意に応える形で「取引を再開しよう」と決めました。

ちょうどその頃、ディクスのグループイン案件がありましたが、その際も大櫃さんの動きは非常に迅速で、決済までのスピードも群を抜いていました。それが、みずほ銀行さんとの本格的な大口取引につながった経緯です。

 

 

―― さて、ここからはテーマを変えて、大櫃さんの視点で「スタートアップのエコシステムの現状と課題」についてお聞かせください。近年の環境変化や金融・政策面での動き、そしてスタートアップ5カ年計画の進捗に対する評価も含めてお願いします。

大櫃:

本部でイノベーション起業支援部を立ち上げた当初、世界各国を回る機会がありました。その際、日本の若手起業家と、イスラエルやシリコンバレー、北京や深圳、インドのバンガロール、ヨーロッパの起業家が発表する内容に、ほとんど差がないことに気づきました。

皆が次の時代を見据えたアイデアを語っているのに、日本からはグーグルやマイクロソフト、テンセントのような企業が生まれてこない。なぜかと考えると、エコシステムの充実度や強度が圧倒的に不足していることが要因だと感じたのです。

その課題を少しでも解消しようと、銀行として最初に取り組んだのがVCへのLP投資でした。具体的な金額は控えますが、相当規模の投資を実施し、その動きがきっかけでSMBCさんやMUFGさん、商工中金さんなども同様の取り組みを始め、VCが増え、成長していきました。

同時に、産官学連携の強化も進めました。大学を訪問し、学長や総長と対話を重ねながら「アントレプレナーシップ教育の重要性」を訴えたり、大企業に対してはオープンイノベーションの意義を説いたりして回りました。スタートアップを取り巻くエコシステムを強化することが、自分にとって使命だと感じ、必死に取り組んでいました。

ただ、ここにきて少しブレーキがかかっていると感じます。

たとえば、大企業の新規事業やCVC活動では、協業や投資が「短期間で成果を出せない」という理由で停滞するケースが目立っています。東証改革で小規模上場が難しくなり、VCも出口戦略が描きにくくなった結果、資金回収が滞り、次の資金が集められない。そうした悪循環が生まれつつあり、危機感を覚えています。

 

 

―― 林さんに経営者の視点で伺いたいのですが、ここ数年、小規模IPOが増えた後に東証の改革が進み、時価総額100億円未満での上場が難しくなっています。この流れをどう見ていますか? 今後、日本の上場マーケットにどのような影響があるとお考えでしょうか。

林:

個人的な意見ですが、小さな時価総額での上場にはやはり課題があると感じています。たとえば、時価総額が小さいと、株式を10%発行しても調達できる資金は限られてしまい、思い切った投資がしにくい。融資を組み合わせることもできますが、M&Aを仕掛けるにしても規模が小さくなりがちで、多くの案件を重ねなければ十分な成長につながらない現実があります。

また、一部の経営者の中には、上場をゴールと考えて「ひと息ついてしまう」方も少なからず見受けられます。そうした企業が増えることを考えると、今回の改革で新陳代謝が進むのは、ある意味で良いことだと思います。

ただし、本来は有望であるにもかかわらず、現状の基準では上場のステージを用意できない企業が出てきているのも事実です。その意味で、証券会社が「小粒案件は扱わない」という姿勢になりつつある現状には、改善の余地を感じます。行き場を失っている企業に対して、どう新たな道を作るかが今後の課題ですね。

―― 関連して、東京プロマーケットについてもお聞きします。比較的小規模な企業でも上場でき、最近はそこからグロース市場への移行事例も出始めています。この動きをどのように評価されていますか?

大櫃:

まったく意味がないとは思いませんが、小規模上場や東京プロマーケットには課題も感じています。特に、ガバナンス体制が不十分なまま上場してしまう企業が見受けられ、それが投資家の信頼を損なう大きな要因になっている点です。

上場前のステークホルダー――たとえばVCや金融機関、監査法人など――が、もっとしっかりとチェック機能を果たす必要があります。ガバナンス体制が整った企業だけが上場に進めるようにしないと、一部の問題企業の影響で、真面目に事業を進めている企業まで信用を失うことになりかねません。その危うさには、懸念を持っています。

林:

プロマーケットという入り口があることで、ガバナンスが緩い状態でも上場できる環境があるのは事実です。ただ、最大の問題は流動性の低さだと思います。取引量が少ないため、投資家が投資しにくく、上場しても資金調達や株主拡大が進みにくい状況になっている。

グロース市場の一段下のステージとして位置づけるのであれば、多少条件を緩くしても構いませんが、流動性を含めて市場としての機能をしっかり作り込む必要があります。

今後の成長を担う「小粒」と呼ばれる企業がスムーズにステップアップできるよう、適切な道筋を整えることが重要だと感じます。

 

―― 現状では、その「道の作り方」がまだ十分ではないということですね。

はい、そう感じますね。

* * *

本対談では、日本のスタートアップ支援の歩みやエコシステムの現状、そしてIPOやM&Aをめぐる企業の選択の背景が語られました。

急成長企業が次のステージへ進むためには、上場前後を通じて寄り添う支援体制と、スピード感ある資金調達の仕組みが不可欠。市場や金融機関がどうそれを整えていくかが、今後の成長を左右するといえます。

次回(第2回)「枝葉を磨くだけでは足りない――ユニコーン創出に向けた「幹」づくりと支援のあり方」では、日本から世界で戦えるスタートアップを生み出すには何が必要かを深掘りします。ぜひあわせてご覧ください。