Interview

特別対談:日本発の挑戦を支える仕組み。人材・資金・コミュニティで育む持続的スタートアップ(第4回/全4回)|ヒューリック大櫃氏 × INTLOOP林

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イントロダクション

本対談シリーズ最終回となる今回の記事では、日本から持続的に挑戦するスタートアップを生み出すための、人材・資金・支援体制のあり方を掘り下げます。ヒューリック株式会社 専務執行役員の大櫃直人氏と、INTLOOP株式会社 代表取締役・林博文が、ディープテック領域を含む事業立ち上げの実情や、研究者と経営者の橋渡しの課題、そしてシリアルアントレプレナーやVCが果たす役割について語ります。

さらに、スタートアップ経営者の孤独を和らげ、成長意欲を持つ仲間同士が切磋琢磨できるコミュニティの意義についても考察。挑戦を支え合う環境をどう整え、次の成長ステージへと導いていけるのかを探ります。

 

―― 少し重複するかもしれませんが、事業連携のハブ機能や海外展開支援についても伺わせてください。たとえばメガバンクなどの金融機関が、社会的インパクトのあるテーマにおいて、海外展開を進める際にどのようなサポートや発掘・育成に貢献できるとお考えでしょうか。

大櫃:

発掘や育成に絞ってお話しすると、まず金融機関が果たせる役割として、スタートアップの信用補完やビジネスマッチングが挙げられます。スタートアップはそもそも信用力が乏しいため、銀行がその補完機能を担いながら国内外での展開をサポートする。これはスタートアップに限らず、中小企業や中堅企業が新しい国に進出する場合も同様です。

むしろ重要なのは、「どうやって良質なスタートアップを生み出すか」という点です。私は、優秀な経営者人材と十分な資金が掛け合わされば、良いスタートアップは自然と生まれると考えています。シンプルですが、その仕組みづくりこそが肝心であり、INTLOOPさんのような企業にもそこを担ってほしいですし、多くのプレイヤーが挑戦するべき領域だと思っています。

近年では、シリアルアントレプレナーに出資するVCも出てきています。過去に事業を立ち上げた経験を持ち、0→1のフェーズが得意な人にビジネスのアイデアと資金を提供し、「一緒に新しい事業をやろう」とコラボレーションする動きです。ここで全ての人材を正社員で抱え込んでしまうと資金が持たないため、最初のブースト段階では、INTLOOPさんのような企業がコンサルとして参画し、人材支援や資金提供者の紹介を担いながらプロジェクトを動かす。

そうした取り組みが各地で広がれば、次第にノウハウが蓄積され、一つのモデルとして磨かれていくでしょう。シリコンバレーの多くの事業も、まさにこのような形で生まれています。日本でも最近、同じような流れが少しずつ芽生えつつありますが、それをさらに加速させるためには、INTLOOPさんのような存在が不可欠だと思います。

特にディープテックのスタートアップは、技術者や研究者が創業者であるケースが多く、0→1のビジネス構築は得意でも、長期的な経営や営業面の強化は難しいことが多い。しかもディープテックは社会実装まで時間がかかるため、立ち上げ初期から大規模チームを組むとコストが膨らみ、資金が持たないリスクが高いのです。

そのため、最初の段階では一人の社長や研究者を中心に据え、周囲が寄り添いながら支援する体制が現実的です。そこから製品が市場に適合し始めた段階で、本格的な経営チームを構築し、一気にスケールさせる。このディープテック特有の成長プロセスを、INTLOOPさんのような企業がアレンジャーやコンサルとして伴走しながら支えることで、日本のスタートアップ環境は大きく変わっていくと思います。

林:

確かに、得意・不得意の分野は明確にありますね。テック系の創業者の中には、営業や事業開発が不得意な方も少なくありません。立ち上げ段階でそこをサポートできるかどうかで、成長スピードは大きく変わります。

日本では、スタートアップの初期段階から外部の経営者を送り込むという発想は、まだあまり根付いていない印象です。

大櫃:

ただ、最近は少しずつそうした事例も出てきています。そして、見ている限りでは、そのアプローチを取ったスタートアップの方が、結果的に成功している割合が高いように感じます。むしろ今後は、その方が主流になっていくのではないでしょうか。

 

 

 

―― 関西のディープテック領域は、シード段階といってもアカデミックな研究や技術が中心で、まだビジネスの「種」のような段階にあることが多いです。安直な発想かもしれませんが、「そこにプロ経営者を送り込めば、ビジネスとして成長できるのでは」という考え方もあります。しかし実際には、学術・技術系の研究者と、ビジネスを担う経営者層をマッチングさせるには大きな溝があると感じます。このギャップを埋めるには、どのようなアプローチが有効だとお考えですか。

大櫃:

これは難しい問題です。たとえば産総研や理研などの研究機関が、商社を退職したシニア層の人材をプールし、大学や研究機関のシーズと結び付けて事業化を目指す取り組みを行っていますが、正直なところうまくいっていません。

理由はいくつかありますが、私の考えでは、まず大学や研究機関の先生方は、基本的にチームを率いて事業を立ち上げることを前提とした人材ではないという点が大きい。研究者としての専門性や技術は卓越していても、マネジメントや組織運営は必ずしも得意ではありません。その一方で、先生方が自らの研究シーズや技術を誇りに思い、それを社会実装したいという強い意志を持った場合、周囲が支える仕組みをつくることが必要になります。

具体的には、先生を中心にした小規模なチームを構築し、資金を供給しつつ事業化を支援する。そして一定のフェーズに到達した段階で、「ここからは会社組織として経営を強化する必要がある」と率直に伝え、必要であれば経営の主導権をプロ経営者にバトンタッチする。その際、先生には大株主や技術顧問として残ってもらい、専門性を生かしつつ関わり続けてもらう。このようなプロセスで成功した事例はすでに存在しますし、先生方としっかりと対話し、理解を得られる相手とだけ取り組めば、成果は出せると考えています。

実際に、そうした取り組みを10件、20件と積み重ねれば、当たり事例も生まれてくるはずです。重要なのは、先生方に寄り添う“長期的な伴走者”として関わる覚悟と仕組みを持つことだと思います。

林:

私もこれまで、大学の先生が生み出した技術を持ち込まれ、「出資しませんか?」と相談を受けたことが何度もあります。ただ、最大の課題はその技術の目利きができないことです。領域も多岐にわたるため、社内に一人専門家を置いたところで到底カバーできませんし、当社の5万人規模のデータベースをもってしても、全領域のスペシャリストを網羅するのは難しい。そこが最大のハードルだと感じています。

大櫃:

世界には、どの特許が実用化され、どの程度の資金を集めてビジネス化されているのか、といった情報をまとめたデータベースがあります。まずは、そうしたデータを活用するのも一つの手でしょうね。

林:

生成AIなどを使って、そのようなデータを検索し、トレンドを分析するような仕組みが作れれば、目利きの精度も高められるかもしれませんね。

大櫃:

ええ、できるようになってきていますよね。

 

―― いわば「目利き」の部分をAIなどで補いながら、将来性のある技術や研究をスクリーニングする。そして、大櫃さんが先ほどおっしゃったように、研究者側の覚悟や腹のくくり方も重要になってくるということですね。

大櫃:

結局、優秀な経営者と良質な資金がそろえば、そこにテクノロジーが加わることで事業は動き出すわけです。あとは、先生方が研究のシーズを提供してくれたら、その事業を経営者が引き受けて育てていく。ポイントは「先生に出てきてもらうタイミング」だと思います。

世の中に実装できるレベルまで技術を磨き上げるには、3年から5年かかることが多い。その間は、先生を支援しつつ、外部のプログラムや補助金を活用して持続的に伴走してあげる。資金面は国や大学の補助金を活用し、必要に応じて人材も少しずつ投入していく。そうして育ったシーズの中から、3年後にトップレベルのものを厳選し、そこに経営者と資金をマッチングさせて事業化する。先生には技術顧問や大株主として残ってもらい、経営はプロに任せる。この流れが理想的だと思っています。

林:

そういう仕組みが実現できれば、ユニコーン企業になる可能性も高いですよね。創薬分野も同じで、創薬ベンチャーから相談を受けることもありますが、「このフェーズに到達しました」と言われても、そこから次のフェーズに進む難易度やリスクがなかなか見えにくいのが現実です。そこをどう補完できるかが課題ですね。

大櫃:

インキュベイトファンドさんは、海外でのトレンドや需要の高いテーマと、優秀なシリアルアントレプレナーを組み合わせて、「こういう面白いテーマがあるけど一緒にやらない? 資金はしっかり出すから」といった形で新規事業を立ち上げています。最近では宇宙産業の分野でも、こうした取り組みが少しずつ広がっていますね。このモデルはもっと日本でも増えてほしいし、そのためにはINTLOOPさんのような業態が非常にフィットすると思っています。

林:

それなら、少しその仕組みを参考にさせてもらいましょうか(笑)。

大櫃:

ぜひ、チャレンジしてみてください。

 

―― シリアルアントレプレナーの数はかなり限られていますよね。彼らには多くのオファーが集まるでしょうし、囲い込むという表現は大げさかもしれませんが、彼らを惹きつける、あるいは新たに生み出していくためには、どのようなアプローチが効果的だとお考えですか?

大櫃

やはり、彼らが本気でわくわくできるような「ネタ」を提示すること。そして、そこに十分な資金を付け、しっかり戦える体制を保証してあげることが重要だと思います。この2つがあれば、彼らも自然と動いてくれるはずです。

林:

結局、ビジネスのスケールが大きければ大きいほど、彼らもやる気になるんですよね。単なる報酬の問題というより、「とにかくでかいことをやりたい」という、ある意味で常識外れな情熱を持つ人たちが多いので。そういう人を集めて、彼らが動ける舞台を整えれば、自然と大きな会社が生まれるような気がします。本当に、今のお話は参考になるので、ぜひ取り入れさせていただこうかなと。

大櫃:

最近では、宇宙産業で立ち上がってきている企業の中に、経産省出身の社長が率いるケースがいくつもあります。経産省のキャリアで鍛えられた優秀な人材が、「ここには勝機がある」と判断して飛び出してきているんです。それだけの価値や可能性が見えている領域が、実はまだたくさん眠っていると思います。

林:

それは、確かにあると思います。

―― そうすると、我々としては「ネタ」とアントレプレナーのマッチングを仕掛けていくことが、まずは役割として大切になりそうですね。

林:

ええ、それでいいと思います。

―― そのようなプラットフォームを構築するのは、簡単ではないですが、大きなやりがいがありそうですね。

林:

はい。今、ここでヒントをどんどんお話ししてしまっていますけど、大丈夫でしょうか(笑)。

 

―― ところで、「良質なお金」という点について、もう少し詳しく伺いたいのですが、どのような資金を指しているのでしょうか?

大櫃:

ポイントは二つあると思います。ひとつは、長期的にコミットしてくれること。もうひとつは、事業が成長して規模が大きくなった際に、必要な資金を積み増しできるだけの資金力を持っていることです。シードマネーを提供する投資家は数多く存在しますが、本当に幹を太く育てる局面では、相応の資金を投入できるプレイヤーが必要になります。そういう供給力を持つ投資家こそが、「良質な資金供給者」と言えるのではないでしょうか。

 

―― なるほど。つまり、大型のファンドがしっかりリードし、長期的に伴走してくれるかどうかが、カギになるわけですね。

大櫃:

その通りです。たとえば、先ほどお話ししたジャフコさんやUTECさんのように、大規模な資金を集め、1件あたり数十億円規模、場合によっては100億円近い投資を行えるプレイヤーが存在します。そうしたファンドとしっかり組むことが、成長を本格化させる上で重要だと思います。

 

―― 中長期でのコミットメントと、事業の成長フェーズごとに柔軟に資金を投じられる体力を持つVCとの連携が欠かせない、ということですね。

大櫃:

そう思います。

 

―― ここからは、私たちが重視する「コミュニティづくり」に関する話題を扱えたらと思います。スタートアップの経営者は、しばしば孤独を抱える存在です。ここでいう孤独とは、単なる寂しさというよりも、経営上の意思決定や課題解決における壁打ち相手の不在、資金調達や資本政策の悩みを抱え込んでしまう、といった意味合いが強いものです。

そうした課題を解決し、スタートアップの成長を後押しするためのコミュニティを提供し、集客や支援につなげていきたいと考えていますが、大櫃さんは、コミュニティがスタートアップの成長に与える影響についてどのように見ていますか?

大櫃:

難しいテーマですね。コミュニティは確かに大切だと思います。そこから得られる刺激や情報交換は、経営者にとって大きなエネルギー源になり得ます。そういう意味で、コミュニティの場が多く存在すること自体は、間違いなくプラスでしょう。

ただし、そこで成長できる人と、そうでない人がいるのも事実です。覚悟や能力の差によって、得られるものがまったく違うからです。スタートアップ支援に関わる立場としていつも感じるのは、「すべての人に平等に場を提供することが、本当に意味があるのか?」という疑問です。

実際、本当に突き抜けた経営者というのは、いずれコミュニティから離れていくものです。最初から孤独に突き抜けられる人はいませんが、コミュニティで刺激を受け、学び、成長したあと、どこかのタイミングで独り立ちしていく。その流れが自然だと思います。

逆に、5年も7年も同じコミュニティに居続ける人も見かけますが、それは本来の目的から外れてしまっているケースが多い。そうなった場合は、コミュニティの「利用者」ではなく、「サポーター」や「メンター」として役割を切り替えるべきです。運営側としても、「どのくらいの期間、どの段階でコミュニティを活用するべきか」という指針を示し、参加者にも覚悟を持ってもらうことが大切だと考えます。

林:

確かにそうですね。スタートアップコミュニティといいながら、10年も居続けていると、もはやスタートアップとは言えませんよね。本来なら、成長した後は先輩としてメンターの立場で関わる、というのが理想だと思います。

我々としても、「何年目まで在籍可能」というルールを設けた方が良いかもしれません。実際、私自身も成長段階に応じてコミュニティを変えてきましたし、その方が自然な流れだと感じます。

大櫃:

おっしゃる通りですね。

林:

私自身も、最初に所属していたコミュニティを抜けて、どんどん新しい場に移ってきました。大櫃さんのお話を伺って、本当にその通りだと感じます。

ただ、当時の交友関係は今も継続していて、コミュニティに所属していなくても会える関係性を維持しながら、必要に応じて場を変えてきた感覚です。営業の仕事柄、顔を広げるためにも、さまざまなコミュニティに参加するメリットも大きいですしね。

大櫃:

やはり、コミュニティへの参加には「覚悟」と「期限」を設けることが大切なのかもしれませんね。

 

 

 

―― 我々としても、単なる「傷の舐め合い」のような場にはしたくないという前提があります。やはり、成長意欲が高く、ステージを一歩ずつ進めていける人たちが集まり、必要に応じて一緒にステージを上がっていけるようなコミュニティにしていきたい。その意味でも、私たちが提供している場を見直す必要があるかもしれません。

林:

段階ごとに、ある程度まとめてコミュニティを分けた方が良いかもしれませんね。

 

―― たとえば、シードフェーズ向け、アーリーステージ向け、といった形で投資や成長段階に応じて分けるというのも選択肢としてありそうですね。

林:

その方が自然だと思います。同じコミュニティに全然違うフェーズの人が混ざると、やはり話が噛み合わないですから。

大櫃:

フェーズごとに課題も全く違いますからね。

少し前に、とある上場企業の社長から、売上1000億円や5000億円を目指す経営者が集まる勉強会に招かれたことがあるんです。その場で私は、「もしもこのメンバーが3年後も変わらず集まっていたら、それは終わりのサインですよ」と最後に伝えました。すると、その場が一瞬静まり返って…。

林:

自分も言われているようで、ちょっとゾッとしますね(笑)。

大櫃:

でも、終わった後で「大櫃さんの言葉が刺さった」と言ってくれた人が結構いました。仲間同士で刺激を与え合い、同じ目標を持って切磋琢磨するのは良いことです。しかし、同じ顔ぶれで長期間居続けると成長の妨げになる。やはり、どこかで「ごめんね」と区切りをつけて、「自分は次のステージへ行きます」と動いていく必要があると思うんです。

林:

それは同感です。

 

―― なるほど。IPO経験者向けの同窓会のようなものなら、また別の価値があるかもしれませんね。

林:

そういう会も実際にやっています。ただ、やはり数年経つと、それぞれのフェーズが変わってしまって、自然と別の場になっていくんですよね。冷たい言い方かもしれませんが、それは避けられないことだと思います。

大櫃:

そうですね。そこは割り切るしかありませんよね。

 

―― そろそろお時間です。本日は、お二人とも貴重なお話をありがとうございました。

 

 

 

* * *

本対談最終回では、金融機関の役割やディープテックの成長支援、人材と資金の組み合わせ、そしてスタートアップを支えるコミュニティのあり方が語られました。共通して見えてきたのは、優れた人材と資金、そして伴走する仕組みが揃えば、日本からも持続的に挑戦する企業が生まれていくという展望です。

そのなかで、INTLOOPが提供するコミュニティは、単なる情報交換の場にとどまらず、成長意欲のある経営者が刺激を受け合い、ともに次のステージへ進む力を育む場を目指しています。我々は今後も、こうしたつながりを広げることで新たな挑戦の芽を育むきっかけをつくり、日本のスタートアップ環境の活性化を力強く後押ししていきます。