Interview

特別対談:「枝葉」を磨くだけでは足りない――ユニコーン創出に向けた「幹」づくりと支援のあり方(第2回/全4回)|ヒューリック大櫃氏 × INTLOOP林

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イントロダクション

本対談シリーズ第2回では、政府が推進する「スタートアップ5カ年計画」を軸に、日本のスタートアップ支援の現在地と課題を掘り下げます。第1回に引き続き、ヒューリック株式会社 専務執行役員の大櫃直人氏と、INTLOOP株式会社 代表取締役・林博文が、政策の動向から現場での実感まで、複眼的な視点で語り合いました。

議論は、ユニコーン企業創出が進まない背景や、大企業や経済界の意識の壁、さらにスケール感のある事業を生み出すために必要な経営者の視座やメンターの役割へと広がります。加えて、ディープテックや宇宙産業といった新領域での資金供給や、スタートアップと大企業の協業を実現する取り組みにも迫ります。

スタートアップの「枝葉」から「幹」をどう育て、日本からグローバルで戦える企業を生み出すのか。そのヒントを、現場と政策の最前線に立つ二人の視点から探っていきます。

 

―― 大櫃さんにお聞きします。先ほどもお話に出た、政府が推進する「スタートアップ5カ年計画」について、進捗状況のレポートを拝見すると全体的には前進している印象を受けました。ただ、現場目線で見ると「まだ届いていない部分」や「政府がもっとアプローチできる余地」があると感じる点はありますか?

大櫃:

少なくとも、政府が本気で取り組んでいるのは間違いありませんし、一つひとつ前進していると感じます。たとえば、M&A時の「のれん償却」問題に対応するため、日本版の簡易IFRSの導入を提言したところ、2年後の実現を目指す動きが進んでいます。

また、経営者の若返りが進む中で、VC投資家がベテラン層に偏っている現状も課題です。20〜30代の人材が小規模VCでも経験を積める仕組みを整える必要があると提案しましたが、中小機構などがその制度設計を検討してくれており、着実に前進しています。

加えて、民間資金が集まりにくい分野――たとえば宇宙産業――には文科省がSBIRを通じて資金支援を実施していますし、J-Startupから「プレミアムJ-Startup」といったものへの展開によって、政府が重点的にグローバル競争力のある企業を後押しする仕組みも整いつつあります。

掛け声だけで終わらず、実現への具体的な道筋が作られているのは評価できると思います。

 

―― では、5カ年計画は順調に進んでいるという認識で、よいのでしょうか?

大櫃:

そこが難しいところで、実際にはユニコーン企業が次々と生まれているかというと、現状はそうではありません。これは政府だけの問題というより、日本の市場の閉鎖性や、大企業の意識の問題が大きいと思います。

たとえば、経団連や同友会はスタートアップ支援の重要性を繰り返し提言しており、トップ層は日本経済の新陳代謝の必要性を強く認識しています。

しかし、その意識が中間層や現場レベルまで浸透する前に止まってしまう。これが日本特有の課題であり、経済界の中にいても解決策が見えにくい部分です。本当に難しいですね。

林:

難しいところですよね。私もスタートアップのプレゼンを聞く機会がありますが、多くの場合、ビジネスの視野が狭いと感じます。うちも人のことは言えないのですが、もっとスケール感のある発想が出てこないと、ユニコーン級の企業はなかなか生まれません。

細かいニーズに応えるビジネス、いわば「かゆいところに手が届く」サービスは数多く存在しますが、それらを統合し、大きなソリューションへと発展させる企業は少ないのが現状だと感じています。

大櫃:

事業を木に例えると、幹があって枝があり、葉が茂って初めて大きく成長します。しかし日本のスタートアップの多くは、幹を見つけるのではなく、枝や葉となる部分ばかりを磨き「これで十分だ」とアピールしているケースが多い。これでは企業規模を大きくするのは難しいのです。

たとえば、SaaS単一プロダクトで戦う企業は「葉」に過ぎません。どれだけ葉を磨いても幹にはならない。幹となる事業を見つけ、そこを軸に枝や葉を広げる――そうした視野の広い取り組みがなければ、日本で新陳代謝を促すようなインパクトは生まれにくいと感じています。

林:

おっしゃる通りで、自分自身もできていない部分があるので、人のことを言うのは恐縮ですが…。まさにそこがポイントですね。

 

 

 

―― 「枝葉」の延長上としてはスモールIPOの話題にもつながると思いますが、一方で、タイミーのように大型上場を実現する企業も少数ながら生まれています。

タイミーの小川社長のようなケースと、どうしても小粒になってしまう企業の経営者との違いは、どこにあるのでしょう。また、林さんのような経営者がメンターにつくことで変わる可能性もあると思いますが、経営者が“大きな視点”を養うために、金融業界・政府・VCなどはどのようなサポートを提供できるとお考えでしょうか?

大櫃:

成長する企業の経営者には、共通して「早い段階で良いメンターと出会っている」という特徴がありますね。メンターが経営者の視座を上げ、ビジネスの視点を広げる役割を果たすことが大きいと思います。

難しいのは、経営者は目の前の事業を全力で進めなければならない一方で、外の世界の人や情報に触れ、事業の幅を広げる機会も持たなければならない点です。一人で全てを抱え込むには時間もリソースも限られていますから、オペレーションや実務を任せられる強いボードメンバーを早い段階で整え、経営者自身が外に出て多様な刺激を受けられる環境を作ることが重要だと思います。

実際、メルカリの山田さんも上場の1年ほど前から、積極的に外に出てネットワークや見識を広げていました。そういう動きができる経営者がもっと増えると、日本のスタートアップもスケールアップしやすくなるのではないでしょうか。

 

―― スタートアップ経営者が“一人で戦う”段階から抜け出し、成長フェーズに入ったら、まずボードメンバーを整えることが重要だということですね。

林さん、この点についていかがでしょう?

林:

私自身も、最初はほぼ一人で動かしていた時期が長くありましたが、やはりボードメンバーをつくるのは本当に難しいと感じます。まだうちの会社も体制として完全ではありませんが、上場して3年経った今、ようやくチームとしての形が整いつつあります。

大櫃さんのおっしゃる通り、体制が整って初めて、経営者として次の戦略を考える余白が持てるようになってきました。少し周回遅れかもしれませんが、ここからしっかり巻き返していくつもりで、今まさに取り組んでいる最中です。

 

―― 資金調達の手法も、VC、CVC、エンジェル投資など多様化しています。こうした環境の中で、資金調達の前後で直面する「成長の壁」をどう突破するか――先ほどのボードメンバーの強化やメンターとの出会いに加えて、金融機関やVCに求められる支援のあり方について、もう少しお考えを聞かせてください。

大櫃:

ここ10年で、スタートアップやVCの双方が「幹のある事業を見つけることの重要性」に気づき始めたと感じています。

葉や枝にあたる単発のサービスやプロダクトだけでは、どれだけ磨いても規模のある企業には成長できない。VCも起業家も、この現実を学んできたのではないでしょうか。

一方で、東証の改革などで資金調達環境が厳しくなっている現状もあります。ただ、ディープテック分野への期待が高まる中で、たとえばジャフコさんやUTECさんが大規模なファンドを立ち上げ、中長期的な資金供給を始めているのは明るい兆しです。

政府、産学、VCの10年分の経験値が蓄積されてきた今、それを生かして「幹を育てるための資金供給」の仕組みが整えば、日本からもグローバルで戦える企業が出てくるのではないかと期待しています。

―― ディープテックや宇宙産業のような分野は、Jカーブの底が深く、投資回収まで長期化します。銀行やVCの幹部を説得し、大規模資金を動かすにはどのようなアプローチをされているのでしょうか?

大櫃:

正直、簡単ではありません。

私が4月から所属しているヒューリックでも、Synspectiveさん(衛星打ち上げ事業)への親引けやロックアップ明けでの株式取得、アストロスケールさんへの出資など、宇宙産業を支援する動きを強めています。三菱電機さんや清水建設さんのように、大企業が自ら「日本の将来を見据えた投資先」としてこうした分野に資金を投じるケースも増えてきました。

これは宇宙産業に限りません。国家防衛やサイバーセキュリティー、ホームセキュリティー、個人資産の保護など、「安全・安心」を軸とした領域全体でチャンスが広がっていると思います。

そして今、「幹を見つけた企業」には大きな資金がつく一方で、小規模な事業でスケールの見込みがない企業には資金が集まりにくい。そんな二極化が進んでいるのが現状ですね。

 

―― 大櫃さんが4月にヒューリックへ参画された背景についても、教えていただけますか。

大櫃:

銀行で約10年、スタートアップ支援やグロース市場上場企業のサポートをしてきた中で、最後に課題として強く感じたのが「大企業とグロース上場企業の協業」でした。

大企業を回っていると、多くが共通して抱えているのは「既存事業の縮小への危機感」です。既存の柱だけでは先細りしてしまうため、新しい事業の柱をつくりたい。しかし、社内でゼロから立ち上げるのは難しい。そこで、知恵やスピード感を持つスタートアップ経営者たちと組んでオープンイノベーションを進めようとしているのですが、実際には、なかなかうまくいっていないケースが多いんです。

そこで、自分が企業サイドに入り、「新規事業の立ち上げや協業をどうすれば成功させられるのか」を実践しながら形にしていきたいと考えるようになりました。

そうした中で、積極的に新規事業やポートフォリオの拡張を経営課題として掲げていたヒューリックさんからお声がけをいただき、思い切って挑戦することを決めた、というのが経緯です。

 

―― いわゆる、オープンイノベーションや新規事業開発を担う役員というポジションでの参画、という理解でよいですか?

大櫃:

はい、そうですね。ヒューリックといえば不動産事業が圧倒的に強いですが、そこに新しい事業の柱を加え、事業ポートフォリオを多様化させていくことが、私に課された大きなミッションだと認識しています。

―― なるほど。今、ヒューリックさんで取り組まれている主なオープンイノベーションのテーマというのは、具体的にはどのようなものがあるのでしょうか。

大櫃:

今、議論を重ねている中で大きく2つの方向性があります。

一つは、ヒューリック自身の事業の強みを生かした領域での取り組み。もう一つは、一見遠いように見える領域とも、間をうまくつなげることでバリューチェーンを形成する取り組みです。

たとえばヒューリックは、学習塾を展開するリソー教育さんの株式を51%保有しています。一見すると、不動産事業と学習塾・幼児教室は距離があるように見えますが、現在ヒューリックでは「子どもデパート」というプロジェクトを進めています。

そこでは、学習塾やスポーツ教室、小児科のクリニックなどを集約し、子どもや家庭を中心とした複合施設を開発。不動産と教育をつなぐバリューチェーンを形づくろうとしているのです。

ヒューリック自身が教育事業をゼロから立ち上げるのは現実的に難しいですが、既存の強みを生かしつつパートナー企業と連携することで、新しい価値を生み出す。こういったモデルをさまざまな分野で展開していきたいと考えています。

―― これまでの不動産事業では主に大人世代が中心のターゲットだったところに、教育領域も加わることで、ライフステージ全体をカバーするような裾野を広げていく動きということですね。今回もありがとうございました。

* * *

今回は、政府のスタートアップ5カ年計画の進捗や現場の課題、ユニコーン企業創出の難しさなど、多角的な視点から議論が交わされました。

経営者の視座を広げるメンターやボードメンバーの存在、金融・政策・現場が連携して幹となる事業を育てる仕組みの必要性も浮き彫りになっています。日本からグローバルで戦える企業を生み出すために、今後どのような支援の形が求められるのか――引き続き注目が集まります。

次回(第3回)「スタートアップを次の成長ステージへ。実務支援と連携で描くスケールアップの道」では、スタートアップが成長の壁を越え、事業を加速させるための具体的な支援策について話を深めます。あわせてご覧ください。